地雷系彼女

 

 

 

 私の友達の大城さんはいつも奇抜な格好をしている。

 一言で言うと、地雷系だ。

 お姫様みたいなフリフリのスカートとか、おっきなリボンのついたトップスとか、底が10センチぐらいありそうなブーツとかをよく着てる。
 でも一番特徴的なのは、やっぱりそのお顔だと思う。
 大城さんはいつ見ても凄くかわいい顔をしている。
 目がおっきくて、鼻がしゅっとしてて、唇がぷるぷるで、肌も真っ白。

 私と大城さんは背の高さが同じぐらいだから、学校でたまに横に並ぶことがあるけど、普通に憂鬱になる。それぐらい可愛い。
 私たちが通ってる学校は自由な校風が売りで、制服というものが存在しない。
 だからみんな私服で通学するんだけど、とは言っても学校だし、地味というか、質素な感じの服装をした人がほとんど。もちろん私もそう。
 でも大城さんだけは、いつも同じ地雷系の服装をしている。毎朝ドレスみたいな服を着こなして、お化粧を整えて、髪型もかっちりきめて登校してくるのはとっても大変だと思う。
 そのせいで……っていっても大城さんが自分でそうしてるわけだけど。周りから浮いちゃってるから、大城さんは周囲の目を凄く集めてる。それでも大城さんは自分を貫いてて、特にそんなことを気にする素振りは見せない。すごく格好いい。私にはきっと真似できない。

 大城さんとは家が近所だけれど、彼女がいわゆる普通の格好をしているところは見たことがない。
 たまに私の部屋の窓から大城さんが出かけていく所を見かける。いつもの格好で。
 その度に、今日はどこに行ってるんだろうなって想像する。

 あんなにかわいい大城さんだから、きっと休日の過ごし方もかわいいと思う。

 例えば、スイーツを食べに行ったりする。
 大きなイチゴが乗ったパフェを食べる大城さん。
 多分食べる前にいっぱい写真を撮るから、見えない部分にあるバニラアイスが溶けちゃったりしてる。だんだん食べていってそれに気付いた時にはアイスがほとんど水になっちゃっててしょんぼりする大城さん。かわいい。
 イチゴは先に食べる派かな。それとも最後に残す派かな。どちらにせよ、口いっぱいに大きなイチゴを頬張って幸せそうな顔をするのだ。かわいい。

 例えば、お花畑にピクニックに行ったりする。
 色とりどりの沢山のお花と大城さん。凄く絵になる、かわいい。
 大城さんは花かんむりを作ったりする。
 凄く細くてすらっとした綺麗な手をしているから、細かい作業は上手な気がする。
 可愛い花かんむりを作って私の頭の上にのせてくれたり……はわわ~

 大城さん、今日は何してるんだろう。

 今日も私は大城さんを妄想する。

 


 私は、お父さんと弟の付き添いでと釣り堀にやってきていた。
 よくわからないのだけれど、目の前にあるおっきな水槽の中に釣り糸を垂らして魚を釣るらしい。
 海とか川と違って、簡単に手軽に釣りが楽しめるらしい。
 確かに釣りって凄く難しそうなイメージだけど、閉じ込められた場所を泳いでる魚を釣るのはなんとなくできそうな気がする。
 私は金魚すくいが得意だから、その要領でできそうだ。

 お父さんと弟は着くや否や、水槽のすぐ脇に置いてあるビールケースに腰かけて、釣り糸の先の針に小さな餌を付け始めた。
 それを二セット作った弟が、私に一本渡してくれる。

「これを垂らして、水面に浮かぶこの玉が沈む……いや、なんか水の中から引っぱられたら俺に教えて」
「う、うん」

 弟はそれだけ言うと、すぐに自分の釣り竿に集中し始めた。
 私もそれに倣って釣りを始める。

「──わっ」

 と、すぐに私の竿にヒットがあった。
 想像よりも引っぱられる力が強くて、前につんのめる。

「あっ、危なかった……」

 危うく水槽の中に転がり落ちてしまうところだった。
 寸でで止まって大恥をかかなかったことに安堵していると、再び竿が引っぱられる。
 弟に声をかけた。

「もうかかったの!? 凄いよ、姉ちゃん」
「うん、わ、わかったから、早く。これ、どうするの?」
「あ、ああ。えっとね、ゆーっくり上に引っぱって、ちょっとしたら力緩めて、でまた上に引っぱっての繰り返し!」

 弟に言われた通りにやってみた。
 引っぱって、緩めて、引っぱって、緩めて。
 しかし全く想像通りには行かなかった。金魚すくいは得意だ、なんて舐めてかかっていたせいだ。
 結果は言うまでもなく、不発。
 弟に惜しかったね、姉ちゃん。と、慰められた。
 それからは静かなものだった。
 時折お父さんや弟の竿にヒットはあるものの、私の竿はピクリとも動かない。
 変わらない景色をぼんやり眺めるだけで、時間が過ぎていった。

「──うおおっ!!」

 ぽかぽか陽気と、心地のよい水音に眠気を誘われ、重くなったまぶたが今まさに閉じようってタイミングで、隣の水槽の方からどっと大きな歓声が聞こえた。
 顎を支えていた肘が膝から滑り落ちて、がくんとなった衝撃で目が覚めた。
 寝ぼけ眼で音のした方に目をやってみると、そこでは一人の少女が数人のおじさんに囲まれながら大物を釣り上げているところだった。

「……ん?」

 まだ視界がぼやぼやとしていて、その姿はシルエット程度にしか覗えない。
 でも、私にはすぐにわかった。
 そこで大物を釣り上げ、周囲のおじさんに、

「嬢ちゃん凄いのう」
「こんなサイズの、見たことないですよ!」
「こまい身体やのに、見事な竿さばきやった」

 なんて歓声を浴びているのが、他でもない、大城さんだということが。

「……ふふん」

 大城さんはそれを受けて少しだけ得意げな表情を見せたが、すぐにいつも通りのなんてことない無表情に戻って、腰かけていたビールケースのそばに置いたクーラーボックスに釣り上げた大物をしまうと、再び竿を水槽へと垂らした。
 隣に座っている、いかにもなおじさんと何やら言葉を交わしているようだが、その会話は私の方まで聞こえてこない。
 大城さん、あのおじさんとなに話しているんだろう。

「あの女の人、すごいよね。この前なんて、俺の隣で大物釣り上げたんだよ」
「この前?」
「うんー。先週ぐらいかな、ちょっと話したよ。釣り得意なんだって」
「へ、へえ……」

 なんと、大城さんはこの釣り堀に何度か訪れているらしい。
 私の知らない大城さんの一面だった。
 しかし釣りが得意な大城さん。かわいい。
 あっ、また釣った。

 大城さん、やっぱりいつもと同じかっこしてるけど、釣りにくかったりしないのだろうか。
 とか一瞬考えたけど、釣り針を食ったまま暴れる魚と、それをいなして針から外す大城さんの姿が凄く絵になっていて、気付けばそんなことは頭からすっぽり抜けていた。
 その後は自分の竿のことなんてすっかり忘れて、大城さんが釣りをしている姿をずっと眺めていた。
 私の針に魚が引っかからないのは、邪魔しないからずっと大城さんのことを見ていなさいという、魚神からの思いやりのような気がした。
 大城さんは時折、隣に座るおじさんと一言二言会話を交わすだけで、基本は一人で静かに釣りを楽しんでいた。
 おじさんは大城さんとは釣り堀仲間なのだろうか。大城さんを釣り堀に残して途中で帰ってしまったし、親族とかではなさそうだった。

 はっと気づいたときには日が傾き始めていた。

 すっかり大城さんを見つめるのに夢中になっていた私は、帰宅の準備を始めたお父さんと弟に自分の釣り竿を奪われてようやく、大城さん以外のことに意識を向けることができた。
 夕陽に照らされながらビールケースに腰かけ、淡々と次の獲物がかかるのを待っている大城さん。
 とても絵になる。やはりかわいい女の子はそこにいるだけで芸術になる。
 大城さんの釣果は私が見始めたところからで言うと、10匹。
 いつから来ているかわからないから、きっともっと釣っていると思う。

 大城さんの釣りをする姿に、私は見惚れていた。

 大城さんは針に魚がかかると、ビールケースから腰を上げる。
 真っ黒の光沢が眩しい、しかしかわいらしい大城さんとは正反対の無骨な釣り竿を一度握りしめ直す。
 竿にちょこっとひっついたリール(弟に教えてもらった)というらしい部分をぐるぐる回す。
 スカートの裾が大城さんの動きと、風の流れに合わせてゆらゆら揺れる。蠱惑的だ。
 魚が釣れるまでの大城さんはすごく集中していて、かっこかわいい。初めてみる大城さんの表情だった。
 私の脳内にある、大城さん表情ノートのナンバー2として記録された。
 ものの数分で大城さんは魚を釣り上げる。
 小さいものの時はあまり表情を変えないけど、大きめの魚が釣れると、大城さんは少しだけ頬を緩ませる。これはナンバー3だ。
 そして時折、隣のおじさんと何度か言葉を交わす。
 その場所には私は座りたいなあなんて少し思ったけど、私の釣りの腕前はからきしだ。

 釣り堀にはまた来ようと思う。
 まだまだ私の知らない大城さんの一面があるのだ。
 いずれは私も大城さんの隣で釣りを楽しみたい。

 その日はお父さんと、弟と、私は釣り堀をあとにした。

 今日何度目かの魚を釣り上げる大城さんを横目に映しながら。

 

 

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蛇足。

 

よくわからないと思うので軽く説明しますと、

ものすげー地雷系の女の子が、釣り堀でガチ釣りをしていて、いかにもな釣り堀のおっさん共に囲まれてる構図ってすげー面白いな。っていう、